◆晶子は子沢山◆


720 名前: 名無しの心子知らず [sage] 投稿日: 2005/05/05(木) 15:51:13 ID:Ae7wMwqc
なんていうか、時代が違っても産む時は一緒なんだね。
これ少子化の記事なんだけどそのなかに11人産んだ与謝野晶子の話で

「私は産の気が附いて劇しい陣痛の襲うて来る度に
その時の感情を偽らず申せばいつも男が憎い気がいたします。」

とあって、なんだか安心しちゃったよ。

ttp://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20050505k0000m070130000c.html
※注:残念ながら掲載期間を過ぎてしまっているようです。


723 名前: 名無しの心子知らず 投稿日: 2005/05/06(金) 21:22:52 ID:+MUSgRBb
>>720 その記事、
>さもなくば11人もの子どもを産むまい
与謝野の時代は信頼できる避妊法がなかったのを知らないのか、忘れてるのか……


728 名前: 名無しの心子知らず [sage] 投稿日: 2005/05/06(金) 21:56:47 ID:g1MR9MiY
完全にスレ違いですが

与謝野晶子が産んだ子供の数は13人。
一人は死産、一人は生まれて2日で亡くしているので、子どもは11人とされる。
ただし、双子が2組含まれるので、出産の回数は11回。


729 名前: 名無しの心子知らず 投稿日: 2005/05/06(金) 22:43:00 ID:zmBnyYMA
双子が2組・・・・うぇ。
腹の肉たぷたぷ・・・?


730 名前: 名無しの心子知らず [sage] 投稿日: 2005/05/06(金) 23:41:53 ID:1evVYS6s
着物が普段着だった時代の女性は、ウエストなぞ無くて当り前。
(というか、下手にくびれていると着物が着崩れる)
腹肉などたぷたぷだろうがだるだるだろうが、問題なかったと思われます。

腹肉どころか、田舎の農家のばあちゃんなんて、
子宮脱が直らないまま農作業までしてたそうだし…


731 名前: 名無しの心子知らず [sage] 投稿日: 2005/05/07(土) 02:50:22 ID:hLPMMAFS
13人。すごいねー。
でも昔の人はそれぐらいが当たり前だったのかな。
それともやっぱ多いのか?よくわからん。
11回も出産したら、ほんとに体型がえらいことになりそうだね。
母は強しってとこか。


732 名前: 名無しの心子知らず [sage] 投稿日: 2005/05/07(土) 09:06:38 ID:Mtrfw8Km
>731
伝記などを読む限り13人は当時でも十分子だくさん扱いだったらしい。
産んだ数よりもより育った子供の数の多さが賞賛されたみたい。
産みっぱなしではなくきちんと管理できる母親だったってことだろうね。


733 名前: 名無しの心子知らず [sage] 投稿日: 2005/05/07(土) 09:38:02 ID:JQFQTcIa
>産んだ数よりもより育った子供の数の多さが賞賛されたみたい。

だな。当時の乳幼児死亡率は今とは比べ物にならんほど高かったわけだし。
しかし与謝野晶子の13人は確かにスゲー。
産屋の中でみだれ髪ぶんまわしつつガルルガルル旦那に呪詛を吐く晶子タソを想像したよ。


735 名前: 名無しの心子知らず [sage] 投稿日: 2005/05/07(土) 14:48:58 ID:VkiOS9/z
自分が陣痛で苦しんでるときに、旦那の与謝野鉄幹が句なんかひねってたら
市ぬほど頭にきそうだw


737 名前: 名無しの心子知らず [sage] 投稿日: 2005/05/07(土) 17:37:53 ID:Qm1FYVwS
>>735
人が苦しんでいる脇で、抹茶飲みながら

ふむ。一句できたぞ。
 嫁ガルル
  何がどかんだ
   安次郎
ふむふむ。晶子、どうだこの句は?

とか言ってたらそりゃ市ぬほどってより頃したくなるほど頭にくるだろうなぁ。


740 名前: 名無しの心子知らず 投稿日: 2005/05/07(土) 21:17:33 ID:bGG5nUhs
>>737 道を説く君、て言われてるくらいだから、謹厳に正座して熱き血潮の
来し方を考えて感動したりとか、子供の名前を考えて頭かかえたりとかしてたかな。
昔のことだから、母子共倒れをおそれてガクガクドルドルしてたかもな。

江戸時代でも、難産してなかなか産めないと命に関わるから、
旦那はおろおろして大騒ぎする、神頼みする寺を回る、
さらに長屋中の人がお百度踏んだりしてたみたい。
それをうたった狂歌なんか残ってて、いつの人も心配なモンかとオモタ。


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